今年6月、米カリフォルニア州で実施された日米合同離島奪還訓練「Dawn Blitz」(ドーンブリッツ。日本名「夜明けの電撃戦」)。自衛隊は長年積み上げてきた成長を見せつけ、同時に大きな課題を突きつけられた。南西諸島(九州南端から台湾の北東海域にかけての島嶼群)における中国軍の脅威が現実のものになりつつあるなか、自衛隊はどう対応していけばいいのだろうか?
■米海兵隊は自衛隊の動きを高く評価した
今回の演習は米海兵隊と自衛隊が「離島が敵国に占拠された」という想定の下、実戦に限りなく近い演習を行なうとあって、中国政府は直前まで日米政府に中止を要請。日本の多くのメディアは「尖閣諸島をめぐる対中戦を想定している」と騒ぎ立てた。
だが、米シンクタンクで海軍アドバイザーを務める戦争平和社会学者の北村淳(じゅん)氏は、それを真っ向から否定する。
「今回の演習は一般的な上陸作戦のモデルケースで、日本の離島を想定したというわけではない。それに、米海兵隊が日本において島嶼奪還作戦に出動する場合、その対象は尖閣諸島ではありません。最も現実的なのは宮古島と、それに隣接する下地島(しもじしま)です」
リゾート地として知られる沖縄県・宮古島が、なぜ中国のターゲットに?
「尖閣諸島はすべて無人島で、空港、港湾施設、生活インフラがなく、上陸しても占拠し続けるのは難しい。一方、宮古島、下地島ならば、占拠後の防御態勢の構築が容易です。ここを取られると、周辺の海・空域、中国本土との補給線を確保されてしまい、石垣島や与那国島も実質的に中国の勢力圏に入ります」(北村氏)
さらに付け加えれば、下地島の空港には3000m級の滑走路があり、戦闘機の中継基地としても利用できる。沖縄本島、そしてグアムという米軍の“砦”にも大きく影響する場所なのだ。
北村氏によれば、米海兵隊は演習後、陸上・海上自衛隊の動きを高く評価していたという。
上陸部隊を務めたのは、島嶼防衛が専門の陸自西部方面普通科連隊(西普連[せいふれん])。今回の演習を密着取材したカメラマンの柿谷哲也(かきたにてつや)氏はこう語る。
「2002年に西普連が創設されてから10年余り。米海兵隊が行なう基本的戦術やスキルを理解し、作戦に生かせるようになりました。韓国、フィリピン、タイの海兵隊が米海兵隊の指導と教育の下に育ってきたように、日本でも島嶼防衛部隊が育っているということです」(柿谷氏)
陸・海自衛隊の連携も見事だった。海自は米海軍のような強襲揚陸艦(きょうしゅうようりくかん)を保有していないが、ヘリ空母「ひゅうが」と戦車揚陸艦「しもきた」の2隻の艦隊運用で、離島奪還作戦においても代用が可能であることを証明したのだ。
「海自全体の艦隊構成を現状に合うように組み替えれば、今後しばらくは『ひゅうが&しもきた』の体制でいけるでしょう」(北村氏)
■装備だけでなく“頭脳”の強化も必要
さて、「成長」の話はここまで。
今回の訓練には、過去の日米合同演習と決定的に違う点がある。毎年行なわれている日米共同方面隊指揮所演習「山桜(やまさくら)」をはじめ、従来のシミュレーションは基本的に“ウルトラマン型”―自衛隊が敵の侵攻を食い止めて時間を稼ぎ、そこに米軍が満を持して登場、というものだった。
ところが、今回はその逆。空港を確保する先発隊も、海からの上陸部隊も、第1陣は米海兵隊。自衛隊は後から追う形だったのだ。
かつて「山桜」にも参加した経験を持つ、元米陸軍将校の飯柴智亮(いいしばともあき)氏はこう解説する。
「冷戦時代のシナリオでは、日本周辺でソ連などと戦端が開かれれば、それは『西側対東側』の世界全面戦争へ移行することを意味した。それを避けるため、米軍は積極的にコミットしないというのが基本路線でした。
ところが、現在の南西諸島はまったく事情が異なり、ここでの戦闘は局地戦・非正規戦という位置づけ。あくまでも“米対中”の限定シナリオとして、米軍もより積極的にコミットします。『山桜』は、はっきり言えば“戦争ごっこ”。現実の戦争でそんなことをしているヒマはありません」
つまり、今回の演習こそ“明日にでも起こる”事態を想定しているということ。となれば、これが離島防衛のベストシナリオ?
「いえ、褒められたものではありません。やはり島を取られてからでは遅すぎる。自衛隊は“取られないための体制”を構築することが鉄則です」(飯柴氏)
それは具体的にどんな体制なのか? 飯柴氏が続ける。
「現在は長崎県に駐屯する西普連を“島嶼緊急即応部隊”として、南西諸島に拠点を構築。オスプレイの海軍用救難・特殊作戦モデル(HV22B型)を10機配備し、そこにミニガン、40mm榴弾銃(りゅうだんじゅう)で武装した20隻の特殊作戦用舟艇(SOCR)を載せましょう」
中国軍が離島に上陸を始めたら、HV22B型が現地へ急行。まず上陸地点の沖合にSOCRを投下し、強大な火力で中国の上陸用船を粉砕。次に、HV22B型は西普連を島に降着させ、上空からも火力支援して上陸した中国兵を掃討する―というシナリオだ。
当然、防衛省も離島防衛の必要性を重視している。参院選後に安倍首相に提出される「新防衛大綱」中間報告には、自衛隊の“海兵隊的機能の充実”という目標が明記される予定だという。
しかし、その間にも中国は着々と“前進”を続けている。
「中国軍は尖閣近海において『A2/AD』(接近阻止、領域拒否)という戦略を取っており、米軍が自由に作戦を展開できない範囲をジワジワと広げようとしている。これが南西諸島をのみ込むまでに広がれば、今回の演習のような軍事衝突のないまま、自動的に南西諸島は中国のものになるという仕組みです」(飯柴氏)
この戦略が可能なのは、現在の自衛隊に単独での離島防衛能力―言い換えれば“海兵隊的機能”がないと見られているからだ。この能力は、どの程度の準備期間で手に入るものなのか?
「米海兵隊・海軍の指揮下に入り、水陸両用で緊急展開できる陸戦部隊という程度のものなら、1年あれば構築できるでしょう。しかし、自衛隊が単独で作戦を実行するには、装備だけでなく指導者、指揮官などの“頭脳”も熟練したレベルになる必要がある。
ドクトリン(軍事的基本原則)を作成し、人材育成のための組織と学校をつくり上げるには、少なくとも数年はかかります。日本は尖閣という局部的問題だけに一喜一憂せず、水陸両用作戦も含めた自主防衛能力を構築しなければなりません」(前出・北村氏)
中国の本当の狙いは尖閣の先。それが現実のものとなる前に、日本は本当の意味での“防衛力”を持てるのだろうか―。
(構成/小峯隆生 撮影/柿谷哲也) 【関連記事】
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・「自衛隊」と「国防軍」ってどう違うの?
■米海兵隊は自衛隊の動きを高く評価した
今回の演習は米海兵隊と自衛隊が「離島が敵国に占拠された」という想定の下、実戦に限りなく近い演習を行なうとあって、中国政府は直前まで日米政府に中止を要請。日本の多くのメディアは「尖閣諸島をめぐる対中戦を想定している」と騒ぎ立てた。
だが、米シンクタンクで海軍アドバイザーを務める戦争平和社会学者の北村淳(じゅん)氏は、それを真っ向から否定する。
「今回の演習は一般的な上陸作戦のモデルケースで、日本の離島を想定したというわけではない。それに、米海兵隊が日本において島嶼奪還作戦に出動する場合、その対象は尖閣諸島ではありません。最も現実的なのは宮古島と、それに隣接する下地島(しもじしま)です」
リゾート地として知られる沖縄県・宮古島が、なぜ中国のターゲットに?
「尖閣諸島はすべて無人島で、空港、港湾施設、生活インフラがなく、上陸しても占拠し続けるのは難しい。一方、宮古島、下地島ならば、占拠後の防御態勢の構築が容易です。ここを取られると、周辺の海・空域、中国本土との補給線を確保されてしまい、石垣島や与那国島も実質的に中国の勢力圏に入ります」(北村氏)
さらに付け加えれば、下地島の空港には3000m級の滑走路があり、戦闘機の中継基地としても利用できる。沖縄本島、そしてグアムという米軍の“砦”にも大きく影響する場所なのだ。
北村氏によれば、米海兵隊は演習後、陸上・海上自衛隊の動きを高く評価していたという。
上陸部隊を務めたのは、島嶼防衛が専門の陸自西部方面普通科連隊(西普連[せいふれん])。今回の演習を密着取材したカメラマンの柿谷哲也(かきたにてつや)氏はこう語る。
「2002年に西普連が創設されてから10年余り。米海兵隊が行なう基本的戦術やスキルを理解し、作戦に生かせるようになりました。韓国、フィリピン、タイの海兵隊が米海兵隊の指導と教育の下に育ってきたように、日本でも島嶼防衛部隊が育っているということです」(柿谷氏)
陸・海自衛隊の連携も見事だった。海自は米海軍のような強襲揚陸艦(きょうしゅうようりくかん)を保有していないが、ヘリ空母「ひゅうが」と戦車揚陸艦「しもきた」の2隻の艦隊運用で、離島奪還作戦においても代用が可能であることを証明したのだ。
「海自全体の艦隊構成を現状に合うように組み替えれば、今後しばらくは『ひゅうが&しもきた』の体制でいけるでしょう」(北村氏)
■装備だけでなく“頭脳”の強化も必要
さて、「成長」の話はここまで。
今回の訓練には、過去の日米合同演習と決定的に違う点がある。毎年行なわれている日米共同方面隊指揮所演習「山桜(やまさくら)」をはじめ、従来のシミュレーションは基本的に“ウルトラマン型”―自衛隊が敵の侵攻を食い止めて時間を稼ぎ、そこに米軍が満を持して登場、というものだった。
ところが、今回はその逆。空港を確保する先発隊も、海からの上陸部隊も、第1陣は米海兵隊。自衛隊は後から追う形だったのだ。
かつて「山桜」にも参加した経験を持つ、元米陸軍将校の飯柴智亮(いいしばともあき)氏はこう解説する。
「冷戦時代のシナリオでは、日本周辺でソ連などと戦端が開かれれば、それは『西側対東側』の世界全面戦争へ移行することを意味した。それを避けるため、米軍は積極的にコミットしないというのが基本路線でした。
ところが、現在の南西諸島はまったく事情が異なり、ここでの戦闘は局地戦・非正規戦という位置づけ。あくまでも“米対中”の限定シナリオとして、米軍もより積極的にコミットします。『山桜』は、はっきり言えば“戦争ごっこ”。現実の戦争でそんなことをしているヒマはありません」
つまり、今回の演習こそ“明日にでも起こる”事態を想定しているということ。となれば、これが離島防衛のベストシナリオ?
「いえ、褒められたものではありません。やはり島を取られてからでは遅すぎる。自衛隊は“取られないための体制”を構築することが鉄則です」(飯柴氏)
それは具体的にどんな体制なのか? 飯柴氏が続ける。
「現在は長崎県に駐屯する西普連を“島嶼緊急即応部隊”として、南西諸島に拠点を構築。オスプレイの海軍用救難・特殊作戦モデル(HV22B型)を10機配備し、そこにミニガン、40mm榴弾銃(りゅうだんじゅう)で武装した20隻の特殊作戦用舟艇(SOCR)を載せましょう」
中国軍が離島に上陸を始めたら、HV22B型が現地へ急行。まず上陸地点の沖合にSOCRを投下し、強大な火力で中国の上陸用船を粉砕。次に、HV22B型は西普連を島に降着させ、上空からも火力支援して上陸した中国兵を掃討する―というシナリオだ。
当然、防衛省も離島防衛の必要性を重視している。参院選後に安倍首相に提出される「新防衛大綱」中間報告には、自衛隊の“海兵隊的機能の充実”という目標が明記される予定だという。
しかし、その間にも中国は着々と“前進”を続けている。
「中国軍は尖閣近海において『A2/AD』(接近阻止、領域拒否)という戦略を取っており、米軍が自由に作戦を展開できない範囲をジワジワと広げようとしている。これが南西諸島をのみ込むまでに広がれば、今回の演習のような軍事衝突のないまま、自動的に南西諸島は中国のものになるという仕組みです」(飯柴氏)
この戦略が可能なのは、現在の自衛隊に単独での離島防衛能力―言い換えれば“海兵隊的機能”がないと見られているからだ。この能力は、どの程度の準備期間で手に入るものなのか?
「米海兵隊・海軍の指揮下に入り、水陸両用で緊急展開できる陸戦部隊という程度のものなら、1年あれば構築できるでしょう。しかし、自衛隊が単独で作戦を実行するには、装備だけでなく指導者、指揮官などの“頭脳”も熟練したレベルになる必要がある。
ドクトリン(軍事的基本原則)を作成し、人材育成のための組織と学校をつくり上げるには、少なくとも数年はかかります。日本は尖閣という局部的問題だけに一喜一憂せず、水陸両用作戦も含めた自主防衛能力を構築しなければなりません」(前出・北村氏)
中国の本当の狙いは尖閣の先。それが現実のものとなる前に、日本は本当の意味での“防衛力”を持てるのだろうか―。
(構成/小峯隆生 撮影/柿谷哲也) 【関連記事】
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・中国は大型原子力空母で尖閣制圧を狙っている
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・「自衛隊」と「国防軍」ってどう違うの?