たったひとりの人間によって、“超大国”であるアメリカの機密情報が暴露された。米中ほか各国を巻き込んだ情報化社会の革命劇は、なぜ“成功”したのでしょうか?
NSA(米国家安全保障局)が極秘裏に行なっていた通信情報収集の手口を告発した、元CIA(米中央情報局)職員のエドワード・スノーデン氏。日本ではそれほど大きく報じられていないようですが、事態は次々とドラマチックな展開を見せ、米中両国では連日のように報道されています。
スノーデン氏を見ていて思い浮かべたのは、人気ドラマでマンガや映画にもなった『SP 警視庁警備部警護課第四係』。さしずめスノーデン氏は“革命”を目指した尾形(おがた)総一郎といったところでしょうか。
6月7日から2日間にわたり行なわれた米中首脳会談で、米オバマ大統領は中国を発信源とするサイバー攻撃について習近平(しゅうきんぺい)国家主席に説明を求め、米中両国が協力し、ルールづくりを進めることを促した。それに対し、習氏は協力姿勢を示す一方、「中国こそが攻撃の被害者だ」とも述べ、両者の主張は食い違いました。
5月下旬から香港に潜伏していたスノーデン氏が告発者として世に出たのは、この会談の直後でした。
「NSAは世界に向けハッカー行為を繰り返しており、もちろん対象には中国も含まれている」
メンツを潰された米政府は、スノーデン氏が国家機密をリークする中国のスパイではないかという疑惑を表明したものの、彼自身も中国政府も否定した。ここから米中間で微妙な駆け引きが始まります。
この事件をより複雑にしたのが、中国―香港間の「一国二制度」というシステムです。
1997年にイギリスから返還された香港は、中国の「特別行政区」という位置づけですが、司法は中国から独立している。制度上、スノーデン氏の身柄をめぐる問題は米政府と香港政府の問題になる。米政府は身柄引き渡しを請求したものの、香港政府は「法的な正当性」を理由に、スノーデン氏を一般の旅行者と同様にロシアへ出国させました。
一般論として、これを香港政府の“独断”と見る人は少ないでしょうが、中国政府はあくまでも「香港の法治主義に則(のっと)った判断を尊重する」というスタンスを崩さず、告発によって明らかになった米政府のハッカー行為への批判も行なわず、あえて沈黙を通した。こうすることで、国際世論は「さんざん中国を非難していたのに、やっぱりアメリカも同じことをしていたのか」と、中国側へ傾く。同情もする。中国政府の戦略は実にしたたかです。
仮にスノーデン氏が北京や上海に滞在していれば、中国政府と米政府の「直接対決」となり、米中関係は不安定化したかもしれない。中国にとってもスノーデン氏にとっても、香港はまさに“ジョーカー”と呼ぶにふさわしいカードでした。
トランプゲームの「大富豪」を思い浮かべてください。アメリカは通常の秩序下では最も強い“2”。しかし、その“2”に唯一勝てる“ジョーカー”に足をすくわれ、同時に強い者と弱い者が逆転する“革命”が起きた。
本稿執筆時点でスノーデン氏はまだモスクワにいるようですが、次の滞在先あるいは亡命先としてはキューバ、エクアドル、ベネズエラといった国家も候補に挙がっていました。これらの「反米国家」は、いわば“3”。平時は大した力を持たないが、“革命”の後には最強のカードに変身する可能性を持つ。
スノーデン氏の一連の行動は、まさに『SP』の尾形よろしく、真実―アメリカの政治力をもってしても、思いどおりに動かせない人間や国家がまだまだいるという事実を世界中に知らしめた。ずっと策を練り、ここ一番のタイミングで実行した“革命”だったのです。
ジョーカーがあるからこそ「大富豪」は面白い。そう思わない人がいるなら、その理由を逆に教えて!!
今週のひと言
スノーデン氏は香港という“ジョーカー”で
革命を起こしました!
●加藤嘉一(かとう・よしかず)
日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学ケネディスクールフェロー。新天地で米中関係を研究しながら武者修行中。著書に『逆転思考激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)など多数。最新刊『不器用を武器にする41の方法』(サンマーク出版)が絶賛発売中! 【関連記事】
・加藤嘉一『「未完」だからこそ、アメリカは超大国として君臨しているんです!』
・加藤嘉一「政治的にも経済的にも文化的にも、中国は“地域限定の開国”しかできていない」
・「国防」と「外交」の要となるインテリジェンス(情報)とは?
・中国のサイバー攻撃が世界の脅威になっている
・“香港のゲバラ”&過激派“阿牛”が宣言「10月、再び釣魚島に上陸する」
NSA(米国家安全保障局)が極秘裏に行なっていた通信情報収集の手口を告発した、元CIA(米中央情報局)職員のエドワード・スノーデン氏。日本ではそれほど大きく報じられていないようですが、事態は次々とドラマチックな展開を見せ、米中両国では連日のように報道されています。
スノーデン氏を見ていて思い浮かべたのは、人気ドラマでマンガや映画にもなった『SP 警視庁警備部警護課第四係』。さしずめスノーデン氏は“革命”を目指した尾形(おがた)総一郎といったところでしょうか。
6月7日から2日間にわたり行なわれた米中首脳会談で、米オバマ大統領は中国を発信源とするサイバー攻撃について習近平(しゅうきんぺい)国家主席に説明を求め、米中両国が協力し、ルールづくりを進めることを促した。それに対し、習氏は協力姿勢を示す一方、「中国こそが攻撃の被害者だ」とも述べ、両者の主張は食い違いました。
5月下旬から香港に潜伏していたスノーデン氏が告発者として世に出たのは、この会談の直後でした。
「NSAは世界に向けハッカー行為を繰り返しており、もちろん対象には中国も含まれている」
メンツを潰された米政府は、スノーデン氏が国家機密をリークする中国のスパイではないかという疑惑を表明したものの、彼自身も中国政府も否定した。ここから米中間で微妙な駆け引きが始まります。
この事件をより複雑にしたのが、中国―香港間の「一国二制度」というシステムです。
1997年にイギリスから返還された香港は、中国の「特別行政区」という位置づけですが、司法は中国から独立している。制度上、スノーデン氏の身柄をめぐる問題は米政府と香港政府の問題になる。米政府は身柄引き渡しを請求したものの、香港政府は「法的な正当性」を理由に、スノーデン氏を一般の旅行者と同様にロシアへ出国させました。
一般論として、これを香港政府の“独断”と見る人は少ないでしょうが、中国政府はあくまでも「香港の法治主義に則(のっと)った判断を尊重する」というスタンスを崩さず、告発によって明らかになった米政府のハッカー行為への批判も行なわず、あえて沈黙を通した。こうすることで、国際世論は「さんざん中国を非難していたのに、やっぱりアメリカも同じことをしていたのか」と、中国側へ傾く。同情もする。中国政府の戦略は実にしたたかです。
仮にスノーデン氏が北京や上海に滞在していれば、中国政府と米政府の「直接対決」となり、米中関係は不安定化したかもしれない。中国にとってもスノーデン氏にとっても、香港はまさに“ジョーカー”と呼ぶにふさわしいカードでした。
トランプゲームの「大富豪」を思い浮かべてください。アメリカは通常の秩序下では最も強い“2”。しかし、その“2”に唯一勝てる“ジョーカー”に足をすくわれ、同時に強い者と弱い者が逆転する“革命”が起きた。
本稿執筆時点でスノーデン氏はまだモスクワにいるようですが、次の滞在先あるいは亡命先としてはキューバ、エクアドル、ベネズエラといった国家も候補に挙がっていました。これらの「反米国家」は、いわば“3”。平時は大した力を持たないが、“革命”の後には最強のカードに変身する可能性を持つ。
スノーデン氏の一連の行動は、まさに『SP』の尾形よろしく、真実―アメリカの政治力をもってしても、思いどおりに動かせない人間や国家がまだまだいるという事実を世界中に知らしめた。ずっと策を練り、ここ一番のタイミングで実行した“革命”だったのです。
ジョーカーがあるからこそ「大富豪」は面白い。そう思わない人がいるなら、その理由を逆に教えて!!
今週のひと言
スノーデン氏は香港という“ジョーカー”で
革命を起こしました!
●加藤嘉一(かとう・よしかず)
日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学ケネディスクールフェロー。新天地で米中関係を研究しながら武者修行中。著書に『逆転思考激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)など多数。最新刊『不器用を武器にする41の方法』(サンマーク出版)が絶賛発売中! 【関連記事】
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・中国のサイバー攻撃が世界の脅威になっている
・“香港のゲバラ”&過激派“阿牛”が宣言「10月、再び釣魚島に上陸する」