中国のアキレス腱、それが少数民族をめぐる軋轢(あつれき)だ。今年10月に発生した天安門爆破事件も、中国共産党支配に対するウイグル族の反発と見られている。
約14億人もの人口を誇る中国。その9割を漢民族が占める一方で、55の少数民族も暮らしている。彼ら少数民族に対する弾圧や差別、偏見があることは容易に想像できるが、実態はどうなのか。ノンフィクション作家・安田峰俊が現地の声を伝える。
***
「天安門の爆発事件の一報を聞いたときに、『犯人はウイグル族だろう』とすぐに思いました。彼らは何を考えているのかわからず、どんな事件を起こしても不思議ではありません」(北京市内のIT企業で働く男性・34歳)
事件の際、街では当局の発表前からウイグル族の犯行を疑う声が多く聞かれたという。広東省の経済特区・深せん市で大手金融機関に勤務する女性(30歳)もこう話す。
「とにかく怖い、という印象です。以前は市内にウイグル族の出稼ぎ者が多くいて『彼らはスリや強盗をするために大都市に来た人たち。近寄ってはダメ』と両親に言われて育ちました。近年は都市整備が進み、ウイグル族の数が減ったので本当にホッとしています」
一般庶民と比較して、ずっと裕福で広い視野を持つはずのエリート層の間にすら、少数民族への強い嫌悪感がある。しかも、この認識は両親の世代から長年にわたり伝えられているようなのだ。
中国人が自国の社会問題を批判し、日本で話題になった政治マンガ『中国のヤバい正体』(大洋図書)の著者・孫向文(そんこうぶん)氏は、中国の庶民の認識をこう話す。
「ウイグル族を敬遠したい気持ちは僕にもあります。『特権』の話もよく聞きますね。彼らは軽犯罪なら警察に逮捕されにくい、少数民族なのでひとりっ子政策が適用されずに子孫をどんどん増やせる、国の政策で大学入試の合格点が低く設定されている。こんなに優遇されているのに、彼らはなぜテロや反乱を起こして、善良な市民の生活を脅かすのか? それがまったく理解できないため、よけいに怖く感じてしまうんです」
ここまで読んで、意外に思った人も多いかもしれない。漢民族が抱いているウイグル族のイメージは、差別意識というよりも、「優遇されている」「怖い」「何を考えているのか分からない」という偏見が多くを占めているのだ。
では、孫氏の言う、ウイグル族は都市部で軽犯罪なら逮捕されにくいというのは本当なのだろうか。中国の国家資格・法律コンサル士を持つ中国法研究者の高橋孝治氏は背景をこう説明する。
「中国共産党は1949年の建国時から少数民族の反発を抑えて体制安定を図る目的で、彼らの逮捕と死刑を少なくして寛大に処理する『両少一寛(りょうしょういっかん)』なる政策を出しています。これは1984年に党中央文件(党の方針指示文書)に明記され、全国的な方針となりました。都市部でウイグル族の軽犯罪が『不逮捕』となるケースがあるのは、公安機関がこの党方針に従って現場での判断を行なっているためではないかと推察されます」
この「両少一寛」政策は、確かに少数民族の特権といえるかもしれない。しかし、大多数のウイグル族はこうした恩恵を得るよりも、理不尽に迫害されることのほうがずっと多い状態に置かれている。
「漢民族のウイグル族への偏見は、当局の言論統制や『両少一寛』のようないびつな政策への反感だけが原因ではないと感じます」
日本の大手紙の中国特派員は、こう語る。
「何よりも大きな要因は、人口の多数派を占める漢民族の驕(おご)り。マイノリティ(少数者)に対する無関心ではないでしょうか。中国ではたとえ言論の自由や知る権利が制限されていても、民主化問題や自国経済の実態といった分野であれば、深い理解を持つ人が比較的多くいます。しかし、少数民族には『興味がない』ため、大部分の人は詳しく調べようとすら考えない。ゆえに偏見だけがどんどんひとり歩きしていくのです」
言論や結社の自由のない中国で、ウイグル族がこうした偏見を解くための言論活動をするのは、ほぼ不可能である。相手を「理解しようとしない」ことで偏見が生まれ、差別、弾圧へと拡大しているのだ。
(取材/安田峰俊)
■週刊プレイボーイ50号「漢民族VSウイグル族 差別と憎悪の連鎖が中国に与える“致命傷”!!」より 【関連記事】
・『中国のヤバい正体』作者・孫向文「みんな中国共産党のことが嫌いなんですよ」
・「政治改革を望む」人民が33%。中国共産党はもはや崩壊寸前
・今の日本で、中国産食品を口にしない日はない?
・裏モノ系ライターが遭遇したイラクよりも北朝鮮よりもヤバイ現場
・秋田県・上小阿仁村の“医者いじめ伝説”を追え!
約14億人もの人口を誇る中国。その9割を漢民族が占める一方で、55の少数民族も暮らしている。彼ら少数民族に対する弾圧や差別、偏見があることは容易に想像できるが、実態はどうなのか。ノンフィクション作家・安田峰俊が現地の声を伝える。
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「天安門の爆発事件の一報を聞いたときに、『犯人はウイグル族だろう』とすぐに思いました。彼らは何を考えているのかわからず、どんな事件を起こしても不思議ではありません」(北京市内のIT企業で働く男性・34歳)
事件の際、街では当局の発表前からウイグル族の犯行を疑う声が多く聞かれたという。広東省の経済特区・深せん市で大手金融機関に勤務する女性(30歳)もこう話す。
「とにかく怖い、という印象です。以前は市内にウイグル族の出稼ぎ者が多くいて『彼らはスリや強盗をするために大都市に来た人たち。近寄ってはダメ』と両親に言われて育ちました。近年は都市整備が進み、ウイグル族の数が減ったので本当にホッとしています」
一般庶民と比較して、ずっと裕福で広い視野を持つはずのエリート層の間にすら、少数民族への強い嫌悪感がある。しかも、この認識は両親の世代から長年にわたり伝えられているようなのだ。
中国人が自国の社会問題を批判し、日本で話題になった政治マンガ『中国のヤバい正体』(大洋図書)の著者・孫向文(そんこうぶん)氏は、中国の庶民の認識をこう話す。
「ウイグル族を敬遠したい気持ちは僕にもあります。『特権』の話もよく聞きますね。彼らは軽犯罪なら警察に逮捕されにくい、少数民族なのでひとりっ子政策が適用されずに子孫をどんどん増やせる、国の政策で大学入試の合格点が低く設定されている。こんなに優遇されているのに、彼らはなぜテロや反乱を起こして、善良な市民の生活を脅かすのか? それがまったく理解できないため、よけいに怖く感じてしまうんです」
ここまで読んで、意外に思った人も多いかもしれない。漢民族が抱いているウイグル族のイメージは、差別意識というよりも、「優遇されている」「怖い」「何を考えているのか分からない」という偏見が多くを占めているのだ。
では、孫氏の言う、ウイグル族は都市部で軽犯罪なら逮捕されにくいというのは本当なのだろうか。中国の国家資格・法律コンサル士を持つ中国法研究者の高橋孝治氏は背景をこう説明する。
「中国共産党は1949年の建国時から少数民族の反発を抑えて体制安定を図る目的で、彼らの逮捕と死刑を少なくして寛大に処理する『両少一寛(りょうしょういっかん)』なる政策を出しています。これは1984年に党中央文件(党の方針指示文書)に明記され、全国的な方針となりました。都市部でウイグル族の軽犯罪が『不逮捕』となるケースがあるのは、公安機関がこの党方針に従って現場での判断を行なっているためではないかと推察されます」
この「両少一寛」政策は、確かに少数民族の特権といえるかもしれない。しかし、大多数のウイグル族はこうした恩恵を得るよりも、理不尽に迫害されることのほうがずっと多い状態に置かれている。
「漢民族のウイグル族への偏見は、当局の言論統制や『両少一寛』のようないびつな政策への反感だけが原因ではないと感じます」
日本の大手紙の中国特派員は、こう語る。
「何よりも大きな要因は、人口の多数派を占める漢民族の驕(おご)り。マイノリティ(少数者)に対する無関心ではないでしょうか。中国ではたとえ言論の自由や知る権利が制限されていても、民主化問題や自国経済の実態といった分野であれば、深い理解を持つ人が比較的多くいます。しかし、少数民族には『興味がない』ため、大部分の人は詳しく調べようとすら考えない。ゆえに偏見だけがどんどんひとり歩きしていくのです」
言論や結社の自由のない中国で、ウイグル族がこうした偏見を解くための言論活動をするのは、ほぼ不可能である。相手を「理解しようとしない」ことで偏見が生まれ、差別、弾圧へと拡大しているのだ。
(取材/安田峰俊)
■週刊プレイボーイ50号「漢民族VSウイグル族 差別と憎悪の連鎖が中国に与える“致命傷”!!」より 【関連記事】
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・裏モノ系ライターが遭遇したイラクよりも北朝鮮よりもヤバイ現場
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