「政左経右」といわれ、内政の保守化が懸念される習近平政権下の中国。しかし、現段階で習主席に「保守派」のレッテルを貼っていいのでしょうか。
10月15日、北京の人民大会堂で、習近平(しゅうきんぺい)国家主席の父で、かつて国務院副総理を務めた習仲勲(ちゅうくん)氏の生誕100周年を祝う式典が開催されました。全国各地でも同様の催しがあり、CCTV(中国中央電視台)では仲勲氏のドキュメンタリー番組が連日のように放映されていました。
ちょうどこの頃、ぼくは出張で北京に滞在していたのですが、身内まで持ち出して自らの地位や権威を高めるような左派的な方法論(中国では保守が左、リベラルが右)には当初、若干の違和感を覚えました。
最新の中国情勢は「政左経右」と修飾されるケースが多い。本来なら政治と経済は表裏一体のはずなのに、政治が保守に傾く一方、経済はリベラルに改革を進めようとしている現状を指した言葉です。
中国国内でも習主席のやり方に疑問を呈する声は少なくありません。政治改革や言論の自由など、知識人や起業家が期待するような点には改善の兆しが見えず、むしろ「群衆路線」「反腐敗運動」「中国の夢」といったイデオロギーを掲げ、社会的弱者の“洗脳”にばかり力を注いでいるように見えるからでしょう。現地で会ったリベラル派のジャーナリストや学者も、「毛沢東(もうたくとう)の文化大革命時代に逆戻りするつもりなのか」と悲嘆に暮れていました。
ぼくも10年以上、当事者としてこの国を見てきましたが、習主席が中国をどの方向に進めようとしているのか、現状では正直よくわかりません。しかし、こういうときこそ表面的な事象に過剰反応してはいけない。
中国政治には「親の意志を受け継ぐ」という伝統がある。例えば親が保守なら、子も最終的な政治判断はやはり保守、という“血の掟”です。その点、習主席の父・仲勲氏は、今から30年以上も前に深セン(しんせん)市の経済特区構想を牽引し、「中国民主化の星」といわれた胡耀邦(こようほう)氏の右腕を務めた筋金入りの改革派です。
今回の北京滞在中、ぼくが習主席に近い太子党(たいしとう/高級幹部の子弟)の人たちと話をした感触からいっても、「過去に戻る」というニュアンスは決して感じられなかった。重慶(じゅうけい)で“毛沢東路線”を掲げ、中央政府の脅威となった左派の薄熙来(はくきらい)氏の失脚にも、習主席の意志が働いていることは間違いありません。
こうしたことから、ぼく個人としては、「習主席の本質は改革派」と考えています。だとすれば、「政左」と呼ばれる今の状況はどう説明すればいいのでしょうか?
「共産党の中国」を革命で勝ち取った世代を父親に持つ習近平世代の多くの政治家は、「共産党のリーダーシップなくして改革なし」と思っている。昨今は経済停滞が内外で懸念される上、天安門という中国で最も警備が厳しい場所でテロ事件が起きるなど、社会不安が絶えない。
漢族とウイグル族をはじめとした少数民族間の対立も、統治リスクとして認識されている。そんな今だからこそ、あたかも時代を逆行させているかのような習主席の権威主義的な言動は、共産党内の団結力や自身のリーダーシップを高め、改革路線に踏み出すための“土台”を構築するプロセスの一環とも理解できる。
中国政治は少なくとも5年、10年というスパンで見なければなりません。リーダーになってわずか1年の習主席が改革に慎重なのは、それだけ利害関係の対立や権力闘争が激しいということ。党指導部による重要会議「三中全会」では経済改革が議論されましたが、今はこういうアジェンダをひとつひとつ丁寧に拾っていくことが求められています。
「習主席は左派だ」などと早計に結論を出すのではなく、少なくとも次の節目となる2017年の共産党第十九回大会あたりまで、冷静にその動向をウオッチしていくべきでしょう。目の前で起きていることだけを見て大局をつかめるというなら、その理由を逆に教えて!!
●加藤嘉一(かとう・よしかず)
日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学アジアセンターフェロー。最新刊『不器用を武器にする41の方法』(サンマーク出版)のほか、『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)など著書多数。中国の今後を考えるプロジェクト「加藤嘉一中国研究会」も始動! 【関連記事】
・加藤嘉一「中国・習近平政権の『最初の半年』は李克強総理が引っ張っています!」
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・中国の反共産党デモは2014年旧正月明けから農村部で本格化する
・残留農薬、重金属、抗生剤、成長ホルモン剤……。中国産食品が危険な理由
・『中国のヤバい正体』作者・孫向文「みんな中国共産党のことが嫌いなんですよ」
10月15日、北京の人民大会堂で、習近平(しゅうきんぺい)国家主席の父で、かつて国務院副総理を務めた習仲勲(ちゅうくん)氏の生誕100周年を祝う式典が開催されました。全国各地でも同様の催しがあり、CCTV(中国中央電視台)では仲勲氏のドキュメンタリー番組が連日のように放映されていました。
ちょうどこの頃、ぼくは出張で北京に滞在していたのですが、身内まで持ち出して自らの地位や権威を高めるような左派的な方法論(中国では保守が左、リベラルが右)には当初、若干の違和感を覚えました。
最新の中国情勢は「政左経右」と修飾されるケースが多い。本来なら政治と経済は表裏一体のはずなのに、政治が保守に傾く一方、経済はリベラルに改革を進めようとしている現状を指した言葉です。
中国国内でも習主席のやり方に疑問を呈する声は少なくありません。政治改革や言論の自由など、知識人や起業家が期待するような点には改善の兆しが見えず、むしろ「群衆路線」「反腐敗運動」「中国の夢」といったイデオロギーを掲げ、社会的弱者の“洗脳”にばかり力を注いでいるように見えるからでしょう。現地で会ったリベラル派のジャーナリストや学者も、「毛沢東(もうたくとう)の文化大革命時代に逆戻りするつもりなのか」と悲嘆に暮れていました。
ぼくも10年以上、当事者としてこの国を見てきましたが、習主席が中国をどの方向に進めようとしているのか、現状では正直よくわかりません。しかし、こういうときこそ表面的な事象に過剰反応してはいけない。
中国政治には「親の意志を受け継ぐ」という伝統がある。例えば親が保守なら、子も最終的な政治判断はやはり保守、という“血の掟”です。その点、習主席の父・仲勲氏は、今から30年以上も前に深セン(しんせん)市の経済特区構想を牽引し、「中国民主化の星」といわれた胡耀邦(こようほう)氏の右腕を務めた筋金入りの改革派です。
今回の北京滞在中、ぼくが習主席に近い太子党(たいしとう/高級幹部の子弟)の人たちと話をした感触からいっても、「過去に戻る」というニュアンスは決して感じられなかった。重慶(じゅうけい)で“毛沢東路線”を掲げ、中央政府の脅威となった左派の薄熙来(はくきらい)氏の失脚にも、習主席の意志が働いていることは間違いありません。
こうしたことから、ぼく個人としては、「習主席の本質は改革派」と考えています。だとすれば、「政左」と呼ばれる今の状況はどう説明すればいいのでしょうか?
「共産党の中国」を革命で勝ち取った世代を父親に持つ習近平世代の多くの政治家は、「共産党のリーダーシップなくして改革なし」と思っている。昨今は経済停滞が内外で懸念される上、天安門という中国で最も警備が厳しい場所でテロ事件が起きるなど、社会不安が絶えない。
漢族とウイグル族をはじめとした少数民族間の対立も、統治リスクとして認識されている。そんな今だからこそ、あたかも時代を逆行させているかのような習主席の権威主義的な言動は、共産党内の団結力や自身のリーダーシップを高め、改革路線に踏み出すための“土台”を構築するプロセスの一環とも理解できる。
中国政治は少なくとも5年、10年というスパンで見なければなりません。リーダーになってわずか1年の習主席が改革に慎重なのは、それだけ利害関係の対立や権力闘争が激しいということ。党指導部による重要会議「三中全会」では経済改革が議論されましたが、今はこういうアジェンダをひとつひとつ丁寧に拾っていくことが求められています。
「習主席は左派だ」などと早計に結論を出すのではなく、少なくとも次の節目となる2017年の共産党第十九回大会あたりまで、冷静にその動向をウオッチしていくべきでしょう。目の前で起きていることだけを見て大局をつかめるというなら、その理由を逆に教えて!!
●加藤嘉一(かとう・よしかず)
日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学アジアセンターフェロー。最新刊『不器用を武器にする41の方法』(サンマーク出版)のほか、『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)など著書多数。中国の今後を考えるプロジェクト「加藤嘉一中国研究会」も始動! 【関連記事】
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