いよいよ明日8月27日、JAXAの新型ロケット「イプシロン」が、鹿児島県・内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられる。
“身近な宇宙”というスローガンを掲げ、「モバイル管制」などまったく新しいコンセプトで世界の宇宙開発に革命を起こそうとする“夢のロケット”。基礎知識を予習して、打ち上げを100倍楽しもう!
(Q)イプシロンって、いったいどんなロケット?
(A)ロケットには「固体燃料式」と「液体燃料式」があり、イプシロンは日本が1950年代から独自に開発し続けている“お家芸”の固体式の最新ロケット。液体の酸化剤と燃料を混ぜて燃焼させる液体式は大型ロケットに向いているが、構造が複雑なエンジンを必要とする。一方、固体式はあらかじめ酸化剤と燃料が混ざった固形推進剤を使用するため、点火すれば自動的に推進するシンプルな構造。比較的小型のロケットに向いた方式だ。
(Q)前代の固体ロケット「M-V(ミューフアイブ)」はなぜ“廃止”になった?
(A)省庁再編と宇宙開発予算削減の影響を受け、M-Vは2006年に廃止が決定された。
「M-Vは性能面ではなんの問題もなかったが、“お上(かみ)”の都合で、次期ロケットの開発予定もないまま廃止に追い込まれた。ロケットが宇宙開発の基本中の基本であることを考えれば、これは『健康な自分の足を切る』ような行為でした。その後、日本の固体ロケットの伝統を絶やさぬようイプシロンの計画を立ち上げたのが、プロジェクトマネージャであるJAXAの森田泰弘教授です」(宇宙開発に詳しいノンフィクションライターの松浦晋也氏)
(Q)イプシロンはM-Vとどこが違う?
(A)イプシロンはM-Vの約6分の5のサイズ。打ち上げ費用は、初号機は諸般の確認・実証作業が必要なため約52億円かかるが、2号機では38億円に抑え、最終的には30億円以下を目指す。信頼性を保ちつつ、低コストと高性能の両立を実現するため、既存の部品も多く転用している。
「第1段は液体ロケットH-2の固体燃料補助ブースターを使い、第2、3段はM-Vの第3、4段を炭素繊維などで強化・軽量化したものを採用。すべてがカスタムメイドだったM-Vに対し、イプシロンは製造コストも打ち上げコストも抑えられるよう開発された新世代ロケットです」(松浦氏)
(Q)イプシロンの最大のウリである「モバイル管制」って何?
(A)人工知能を使った自律点検システムを採り入れるなどして、従来は100人単位で行なっていた打ち上げ管制を大幅に簡略化。ノートPC2台、わずか5人で管制可能な世界初のシステムだ。
「ネットワークにつながりさえすれば、技術的には地球の裏側からでも打ち上げ管制が可能。人件費もさることながら、大所帯でのミーティングもなくなるので、時間的コストも大幅に削減できます」(航空宇宙評論家・嶋田久典氏)
(Q)記念すべきイプシロン初号機には何が搭載される?
(A)「今回搭載されるのは、JAXAが開発した『SPRINT(スプリント)-A』と呼ばれる約320kgの惑星観測衛星。宇宙望遠鏡を使って、地球上空の軌道から金星や火星、木星を観測し、それぞれの大気の組成などを調べます」(嶋田氏)
新型ロケット本体の性能・信頼性の確認のみならず、「太陽系の成り立ち」に迫るというミッションを担っているのだ。
(Q)その後の打ち上げ予定、バージョンアップの予定は?
(A)今回の初号機に続き、15年に2号機を打ち上げ。17年頃には、さらに改良を加えたイプシロンのネクスト・ジェネレーション、高性能・低コストで量産型の「E-1」を打ち上げたいという青写真がJAXAにはある。
「まずは2号機までにテクニカルな部分の諸問題をクリアして、“本命”のE-1の打ち上げまでもっていくことが第一。ただし、E-1がどのくらいの頻度で、何を打ち上げるかはまだ決まっていません」(松浦氏)
(Q)中国、韓国などにはイプシロンを「弾道ミサイルにつながる」と見る向きもあるようだが、実際のところどうなの?
(A)軍事ミサイルは点火してすぐに飛んでいかなければならないため、構造が単純な固体燃料式が主流。その意味で、固体ロケットの技術がある面でミサイルに転用可能だというのは事実だ。
「ミサイルとロケットの技術はある程度共通ですが、ミサイルにはいつでも発射できる状態で長期保管する技術や、有事に際して素早く目標設定する機能などが必要で、衛星打ち上げ用ロケットとは性質が異なる。日本が大陸間弾道ミサイルを持ったところで何かいいことがあるのかということを考えても、現実的な話ではないでしょう。ただし、そういう基礎技術を日本が持っているという事実は、抑止力として働くと思います」(松浦氏)
(Q)イプシロンというロケットの目標は?
(A)日本の固体ロケット開発の伝統をつなぐこと。そのためにはJAXAの衛星を打ち上げるだけではとても数が足りず、民間も含めた受注を継続的に受けることが必要になってくる。
「イプシロンは打ち上げ可能重量が抑えられていますが、その分、搭載する衛星をイージーオーダー化することで、ロケットビジネスに『早い、(信頼性の高い日本製だから)うまい、安い』の概念を持ち込む狙いがあります」(嶋田氏)
従来のロケットを“大都市間を結ぶ乗り合いの大型バス”だとすれば、イプシロンは“目的地に直行する貸し切りのマイクロバス”。これまでは希望の行き先や時期が多少違っても、席が空いているからと押し込められていた庶民の乗客も、自分の希望どおりの打ち上げを叶えられるようになる―というわけだ。
「衛星を打ち上げたい顧客側からすれば、最もいいタイミング、軌道で打ち上げることができるから運用上での無駄が省ける。これは陸上輸送手段が鉄道からトラックに移行したのと同じくらい、ロケットの世界では革命的といえるでしょう」(嶋田氏)
(Q)イプシロンと競合する世界のロケットは?
(A)予算面でもかつてのように「国が全部面倒を見てくれる」というわけにはいかない現代では、イプシロンも過酷な世界の衛星打ち上げビジネス競争のなかで、商業的に受注を取れる体制をつくっていく必要がある。
現在打ち上げビジネスの主流となっている大型ロケットには、一度に複数の衛星を打ち上げるアメリカのアトラス、欧州のアリアン、ロシアのプロトンなどがあるが、これらはいずれも静止軌道への打ち上げを主目的とした“乗り合いの大型バス”。一方、イプシロンはひとつの衛星を目指す軌道に打ち上げる“貸し切りのマイクロバス”だ。ただしこの分野も、アメリカのミノタウロスIやロシアのドニエプルロケットなどのライバルが存在する。
「低コスト、モバイル管制といった独自のセールスポイントを大々的に打ち出して、いかに注文を取ってくるか。国内外の衛星を打ち上げる機会を増やすことが肝要です。国内の衛星でも国の開発計画任せにせず、新企画を立ち上げる。海外でいえば、これまで衛星を打ち上げたことのないような国、ユーザーにアピールする。そのあたりが勝負の分かれ目になるでしょう」(松浦氏)
(Q)世界的な受注競争に勝つための課題は?
(A)日本のロケットは射場(しゃじょう)の利便性という面で、海外の競合ロケットに後れを取っている。
「世界の衛星打ち上げの半分以上を受注している欧州のアリアンロケットは、大型輸送機で衛星を一気に射場のある仏領ギアナまで運ぶ。飛行場から宇宙センターまではトレーラーで一直線。6基のロケットを同時に整備できる巨大整備場でバッテリーの充電、燃料の注入などを済ませ、順次ロケットに搭載して打ち上げます。
残念ながら、日本にはそれだけの打ち上げ設備はない。こうした利便性の面で正面から戦うのか、それともまったく違う部分をウリにして受注を勝ち取っていくのか。綿密な戦略が求められていると思います」(松浦氏)
相手はデカく、強い。ニッポンの「柔よく剛を制す」の精神で戦え、イプシロン!
(取材・文/世良光弘 写真提供/JAXA)
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(A)ロケットには「固体燃料式」と「液体燃料式」があり、イプシロンは日本が1950年代から独自に開発し続けている“お家芸”の固体式の最新ロケット。液体の酸化剤と燃料を混ぜて燃焼させる液体式は大型ロケットに向いているが、構造が複雑なエンジンを必要とする。一方、固体式はあらかじめ酸化剤と燃料が混ざった固形推進剤を使用するため、点火すれば自動的に推進するシンプルな構造。比較的小型のロケットに向いた方式だ。
(Q)前代の固体ロケット「M-V(ミューフアイブ)」はなぜ“廃止”になった?
(A)省庁再編と宇宙開発予算削減の影響を受け、M-Vは2006年に廃止が決定された。
「M-Vは性能面ではなんの問題もなかったが、“お上(かみ)”の都合で、次期ロケットの開発予定もないまま廃止に追い込まれた。ロケットが宇宙開発の基本中の基本であることを考えれば、これは『健康な自分の足を切る』ような行為でした。その後、日本の固体ロケットの伝統を絶やさぬようイプシロンの計画を立ち上げたのが、プロジェクトマネージャであるJAXAの森田泰弘教授です」(宇宙開発に詳しいノンフィクションライターの松浦晋也氏)
(Q)イプシロンはM-Vとどこが違う?
(A)イプシロンはM-Vの約6分の5のサイズ。打ち上げ費用は、初号機は諸般の確認・実証作業が必要なため約52億円かかるが、2号機では38億円に抑え、最終的には30億円以下を目指す。信頼性を保ちつつ、低コストと高性能の両立を実現するため、既存の部品も多く転用している。
「第1段は液体ロケットH-2の固体燃料補助ブースターを使い、第2、3段はM-Vの第3、4段を炭素繊維などで強化・軽量化したものを採用。すべてがカスタムメイドだったM-Vに対し、イプシロンは製造コストも打ち上げコストも抑えられるよう開発された新世代ロケットです」(松浦氏)
(Q)イプシロンの最大のウリである「モバイル管制」って何?
(A)人工知能を使った自律点検システムを採り入れるなどして、従来は100人単位で行なっていた打ち上げ管制を大幅に簡略化。ノートPC2台、わずか5人で管制可能な世界初のシステムだ。
「ネットワークにつながりさえすれば、技術的には地球の裏側からでも打ち上げ管制が可能。人件費もさることながら、大所帯でのミーティングもなくなるので、時間的コストも大幅に削減できます」(航空宇宙評論家・嶋田久典氏)
(Q)記念すべきイプシロン初号機には何が搭載される?
(A)「今回搭載されるのは、JAXAが開発した『SPRINT(スプリント)-A』と呼ばれる約320kgの惑星観測衛星。宇宙望遠鏡を使って、地球上空の軌道から金星や火星、木星を観測し、それぞれの大気の組成などを調べます」(嶋田氏)
新型ロケット本体の性能・信頼性の確認のみならず、「太陽系の成り立ち」に迫るというミッションを担っているのだ。
(Q)その後の打ち上げ予定、バージョンアップの予定は?
(A)今回の初号機に続き、15年に2号機を打ち上げ。17年頃には、さらに改良を加えたイプシロンのネクスト・ジェネレーション、高性能・低コストで量産型の「E-1」を打ち上げたいという青写真がJAXAにはある。
「まずは2号機までにテクニカルな部分の諸問題をクリアして、“本命”のE-1の打ち上げまでもっていくことが第一。ただし、E-1がどのくらいの頻度で、何を打ち上げるかはまだ決まっていません」(松浦氏)
(Q)中国、韓国などにはイプシロンを「弾道ミサイルにつながる」と見る向きもあるようだが、実際のところどうなの?
(A)軍事ミサイルは点火してすぐに飛んでいかなければならないため、構造が単純な固体燃料式が主流。その意味で、固体ロケットの技術がある面でミサイルに転用可能だというのは事実だ。
「ミサイルとロケットの技術はある程度共通ですが、ミサイルにはいつでも発射できる状態で長期保管する技術や、有事に際して素早く目標設定する機能などが必要で、衛星打ち上げ用ロケットとは性質が異なる。日本が大陸間弾道ミサイルを持ったところで何かいいことがあるのかということを考えても、現実的な話ではないでしょう。ただし、そういう基礎技術を日本が持っているという事実は、抑止力として働くと思います」(松浦氏)
(Q)イプシロンというロケットの目標は?
(A)日本の固体ロケット開発の伝統をつなぐこと。そのためにはJAXAの衛星を打ち上げるだけではとても数が足りず、民間も含めた受注を継続的に受けることが必要になってくる。
「イプシロンは打ち上げ可能重量が抑えられていますが、その分、搭載する衛星をイージーオーダー化することで、ロケットビジネスに『早い、(信頼性の高い日本製だから)うまい、安い』の概念を持ち込む狙いがあります」(嶋田氏)
従来のロケットを“大都市間を結ぶ乗り合いの大型バス”だとすれば、イプシロンは“目的地に直行する貸し切りのマイクロバス”。これまでは希望の行き先や時期が多少違っても、席が空いているからと押し込められていた庶民の乗客も、自分の希望どおりの打ち上げを叶えられるようになる―というわけだ。
「衛星を打ち上げたい顧客側からすれば、最もいいタイミング、軌道で打ち上げることができるから運用上での無駄が省ける。これは陸上輸送手段が鉄道からトラックに移行したのと同じくらい、ロケットの世界では革命的といえるでしょう」(嶋田氏)
(Q)イプシロンと競合する世界のロケットは?
(A)予算面でもかつてのように「国が全部面倒を見てくれる」というわけにはいかない現代では、イプシロンも過酷な世界の衛星打ち上げビジネス競争のなかで、商業的に受注を取れる体制をつくっていく必要がある。
現在打ち上げビジネスの主流となっている大型ロケットには、一度に複数の衛星を打ち上げるアメリカのアトラス、欧州のアリアン、ロシアのプロトンなどがあるが、これらはいずれも静止軌道への打ち上げを主目的とした“乗り合いの大型バス”。一方、イプシロンはひとつの衛星を目指す軌道に打ち上げる“貸し切りのマイクロバス”だ。ただしこの分野も、アメリカのミノタウロスIやロシアのドニエプルロケットなどのライバルが存在する。
「低コスト、モバイル管制といった独自のセールスポイントを大々的に打ち出して、いかに注文を取ってくるか。国内外の衛星を打ち上げる機会を増やすことが肝要です。国内の衛星でも国の開発計画任せにせず、新企画を立ち上げる。海外でいえば、これまで衛星を打ち上げたことのないような国、ユーザーにアピールする。そのあたりが勝負の分かれ目になるでしょう」(松浦氏)
(Q)世界的な受注競争に勝つための課題は?
(A)日本のロケットは射場(しゃじょう)の利便性という面で、海外の競合ロケットに後れを取っている。
「世界の衛星打ち上げの半分以上を受注している欧州のアリアンロケットは、大型輸送機で衛星を一気に射場のある仏領ギアナまで運ぶ。飛行場から宇宙センターまではトレーラーで一直線。6基のロケットを同時に整備できる巨大整備場でバッテリーの充電、燃料の注入などを済ませ、順次ロケットに搭載して打ち上げます。
残念ながら、日本にはそれだけの打ち上げ設備はない。こうした利便性の面で正面から戦うのか、それともまったく違う部分をウリにして受注を勝ち取っていくのか。綿密な戦略が求められていると思います」(松浦氏)
相手はデカく、強い。ニッポンの「柔よく剛を制す」の精神で戦え、イプシロン!
(取材・文/世良光弘 写真提供/JAXA)
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