特定秘密保護法案の内容や成立のプロセスに問題があったことは間違いない。ただし、国家機密の保護に関して、日本が遅れていたこともまた事実です。
10月25日に国会へ提出されてから、わずか40日余りで成立した「特定秘密保護法」をめぐって議論が紛糾しています。
条文を読んでみると、確かに何が“特定秘密”に指定されるのか、曖昧でよくわからない。突然降ってわいた理解困難な法案に、不安にならない国民はいないでしょう。直近の衆院選、参院選で大勝した自民党政権が、議席数の優位をもって法案を成立させたことは、ルール上は「アリ」ですが、内閣のやり方は強引すぎた。なぜこの法案が必要なのか、内容は妥当なのか。国民目線に立って丁寧に説明するという責務を果たしたとはいえません。
ただし、だからといって国家機密の保護に関する法律が必要ない、というわけではない。今回の法案の内容の是非と切り離していえば、むしろ法律がつくられるのが遅すぎたといっていいでしょう。
アメリカでは「スパイ防止法」が第一次世界大戦中の1917年に制定され、イギリスでも同様の法律が19世紀に制定されています。また、中国でも「保密法」という機密保護に関する法律が89年に制定されており、機密の重要度によって上から「絶密」「機密」「秘密」の3種類に分類され、対象となる事象や場所が詳しく定められています。
重要なことは、いずれの国でも機密保護と対になる「情報公開」についても規定があり、さらにインターネットの普及などといった社会情勢の変化に伴って、関連する法律をアップデートさせていること。保護、公開、改善―この3点は時代の趨勢に応じて、セットで扱われているのです。
翻って、こうした法律のなかった日本は国際社会で“スパイ天国”と揶揄されてきました。政治家や官僚も含めた情報漏洩は日常茶飯事で、しかも基本的にそれが処罰されることはない。例えば尖閣問題にしても、中国側は日本の“手の内”を知るためにさまざまなルートを使い、集まった情報を吟味・活用した上で各種アクションを起こしてきているのです。
こうした背景から、アメリカは日本の為政者に重要な情報を渡すことを躊躇するケースもあり、かねて同盟国として「機密保護に関する法律をつくれ」と求めてきたといいます。国家安全保障や産業政策の機密情報がきっちりと保護されるかどうかは、日本という国家の信用力にも関わってくる、死活的に重要な問題です。
国家という枠組みがある限り、国家機密は必ず存在する。それは民主主義国家でも社会主義国家でも同じです。ならば、そうした機密はどのように扱われるべきか。ぼくなりにポイントを5つ考えました。
(1)時代や社会情勢に応じて、国家機密の種類、対象範囲、保護するための方法論は変わっていく。そのため、常に関連法案もアップデートしていく必要がある。
(2)国家の安全保障と国民の「知る権利」の間にある矛盾とジレンマが解消されることはない。妥協点の探り合いは永遠に続く。
(3)大前提として、政府は情報公開の努力を怠ってはならない。
(4)現代において、国家機密は公務員だけの問題ではない。産業界、大学などの研究・教育機関も含めた産学官にまたがる問題である。
(5)政治家も含め、日本人は安全保障、インテリジェンスに対する自覚と危機感が足りなすぎる。
誤解を恐れずにいえば、国家機密の保護という課題は、日本が“普通の国”になるための必修科目。今回成立した法律については、今後の運用を国民が厳しく監視し、曖昧な点、不備のある点については早急に改正を求めていくべきです。
最低限の機密すら守れない国家が、国民の安全を保障できるというなら、その理由を逆に教えて!
●加藤嘉一(かとう・よしかず)
日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学アジアセンターフェロー。最新刊『不器用を武器にする41の方法』(サンマーク出版)のほか、『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)など著書多数。中国の今後を考えるプロジェクト「加藤嘉一中国研究会」も始動! 【関連記事】
・加藤嘉一「中国の『防空識別圏』設定は想定内。一種の“二元外交”が必要です!」
・加藤嘉一「大学の『価値』というものを再考すべき時期が来ています!」
・NSCと特定秘密保護法で日本が「警察支配国家」になる
・特定秘密保護法成立は、安倍首相にとって7年前の「倍返し」だ!
・戦前から日本は「スパイ天国」だった!
10月25日に国会へ提出されてから、わずか40日余りで成立した「特定秘密保護法」をめぐって議論が紛糾しています。
条文を読んでみると、確かに何が“特定秘密”に指定されるのか、曖昧でよくわからない。突然降ってわいた理解困難な法案に、不安にならない国民はいないでしょう。直近の衆院選、参院選で大勝した自民党政権が、議席数の優位をもって法案を成立させたことは、ルール上は「アリ」ですが、内閣のやり方は強引すぎた。なぜこの法案が必要なのか、内容は妥当なのか。国民目線に立って丁寧に説明するという責務を果たしたとはいえません。
ただし、だからといって国家機密の保護に関する法律が必要ない、というわけではない。今回の法案の内容の是非と切り離していえば、むしろ法律がつくられるのが遅すぎたといっていいでしょう。
アメリカでは「スパイ防止法」が第一次世界大戦中の1917年に制定され、イギリスでも同様の法律が19世紀に制定されています。また、中国でも「保密法」という機密保護に関する法律が89年に制定されており、機密の重要度によって上から「絶密」「機密」「秘密」の3種類に分類され、対象となる事象や場所が詳しく定められています。
重要なことは、いずれの国でも機密保護と対になる「情報公開」についても規定があり、さらにインターネットの普及などといった社会情勢の変化に伴って、関連する法律をアップデートさせていること。保護、公開、改善―この3点は時代の趨勢に応じて、セットで扱われているのです。
翻って、こうした法律のなかった日本は国際社会で“スパイ天国”と揶揄されてきました。政治家や官僚も含めた情報漏洩は日常茶飯事で、しかも基本的にそれが処罰されることはない。例えば尖閣問題にしても、中国側は日本の“手の内”を知るためにさまざまなルートを使い、集まった情報を吟味・活用した上で各種アクションを起こしてきているのです。
こうした背景から、アメリカは日本の為政者に重要な情報を渡すことを躊躇するケースもあり、かねて同盟国として「機密保護に関する法律をつくれ」と求めてきたといいます。国家安全保障や産業政策の機密情報がきっちりと保護されるかどうかは、日本という国家の信用力にも関わってくる、死活的に重要な問題です。
国家という枠組みがある限り、国家機密は必ず存在する。それは民主主義国家でも社会主義国家でも同じです。ならば、そうした機密はどのように扱われるべきか。ぼくなりにポイントを5つ考えました。
(1)時代や社会情勢に応じて、国家機密の種類、対象範囲、保護するための方法論は変わっていく。そのため、常に関連法案もアップデートしていく必要がある。
(2)国家の安全保障と国民の「知る権利」の間にある矛盾とジレンマが解消されることはない。妥協点の探り合いは永遠に続く。
(3)大前提として、政府は情報公開の努力を怠ってはならない。
(4)現代において、国家機密は公務員だけの問題ではない。産業界、大学などの研究・教育機関も含めた産学官にまたがる問題である。
(5)政治家も含め、日本人は安全保障、インテリジェンスに対する自覚と危機感が足りなすぎる。
誤解を恐れずにいえば、国家機密の保護という課題は、日本が“普通の国”になるための必修科目。今回成立した法律については、今後の運用を国民が厳しく監視し、曖昧な点、不備のある点については早急に改正を求めていくべきです。
最低限の機密すら守れない国家が、国民の安全を保障できるというなら、その理由を逆に教えて!
●加藤嘉一(かとう・よしかず)
日本語、中国語、英語でコラムを書く国際コラムニスト。1984年生まれ、静岡県出身。高校卒業後、単身で北京大学へ留学、同大学国際関係学院修士課程修了。2012年8月、約10年間暮らした中国を離れ渡米。現在はハーバード大学アジアセンターフェロー。最新刊『不器用を武器にする41の方法』(サンマーク出版)のほか、『逆転思考 激動の中国、ぼくは駆け抜けた』(小社刊)など著書多数。中国の今後を考えるプロジェクト「加藤嘉一中国研究会」も始動! 【関連記事】
・加藤嘉一「中国の『防空識別圏』設定は想定内。一種の“二元外交”が必要です!」
・加藤嘉一「大学の『価値』というものを再考すべき時期が来ています!」
・NSCと特定秘密保護法で日本が「警察支配国家」になる
・特定秘密保護法成立は、安倍首相にとって7年前の「倍返し」だ!
・戦前から日本は「スパイ天国」だった!