11月10日。静岡・草薙球場でプロ野球合同トライアウトが行なわれた。ある者は生き残るため、ある者は見切りをつけるため、ある者は野球観を再認識するため。さまざまな思いが交錯する男たちの熱き一日に密着した。
■「チームはCSに初出場。だけど自分は何もできず、悔いしかないです」
11月10日。プロ野球合同トライアウトが、12球団の本拠地以外では初の地方開催となる静岡県・草薙(くさなぎ)球場で行なわれた。
ここ数年、注目度が高くなっているトライアウトだが、今回の草薙開催はその人気に着目した静岡市が招致して実現。これまでの平日開催から日曜日開催とすっかりイベント化され、スタンドにはトライアウト史上最多となる約1万人のファンが集まった。今回、初めて観客用に配られた冊子には「捲土重来(けんどじゅうらい) 夢をあきらめない男たちが草薙に集結!」の文字が躍る。
これには「すっかりエンターテインメントですよね。まぁ、それでも最後までプレーを見せるのが僕らの仕事ですからね」と自嘲気味につぶやく選手もいた。
ただ、その注目度とは対照的に近年、NPBに復帰する選手はごくわずかなのが実情だ。
「戦力外になってから、いろんな人から『(どうせ拾われる選手は決まっているんだから)受けても意味がない』と言われました。特に僕みたいに、トライアウトばえする速い球があるわけでなく、コースの出し入れや駆け引きで勝負するピッチャーには厳しいと。それでも、受けるんですよ。5球団目、狙います!」
これまで4球団を渡り歩いてきた西武の坂元弥太郎(やたろう)はそう言って、グラウンドへと向かった。男たちはその一球に命をかける。たとえ結果に結びつかないとわかっていても。
午前10時15分。雨が降り出すと同時に始まったシート打撃。3人目に登場したのは2000年のドラフト1位(オリックス)で、一昨年は横浜で開幕投手を務めた山本省吾(ソフトバンク)。左肘(ひじ)の手術後、半年ぶりの実戦ながら上々の結果を残した。
「久しぶりでもしっかり腕を振って投げられることを見せたかった。故障前よりもいい投球ができましたね。これが最後と思いたくないけど、実際にそうなるかもしれない。たくさんのファンの前で投げられてよかったです」
続く岸本秀樹(広島)も、持ち味を生かした完璧な投球を見せる。
「今年、チームがCS(クライマツクスシリーズ)に初出場しても自分は何もできず、悔いしかないです。これまで覚悟を決めてやることを全部やったかというと……ね。どこかで周りを見ながら『俺はまだ大丈夫だろう』という甘い考えがあった。今、気づいても遅いんですけどね。今日は最初から最後まで全力です」
11時を過ぎると雨脚はますます強くなり、主催者は昼前に続行を断念。選手たちは狭いマイクロバスに乗って屋内運動場へ移動し、バッティングセンターほどのスペース、土を盛っただけのマウンドという悪条件下で再開された。
「マウンドは正直やわらかくて投げづらかったです。しかも室内であれだけの関係者や報道陣に囲まれると、より狭く感じてしまって」と甲斐拓哉(かいたくや/BCリーグ信濃、元オリックス)が言えば、野手の青野毅(たけし/ロッテ)は「ボールが見やすいグラウンドから室内に移ると、感覚・距離感が違って、ボールが速く見えました」と戸惑う。
浅井良(阪神)も「室内だと守備も見せられなくなるのが残念でした。それに声援をいただいた多くのお客さんに最後のタイガースのユニフォーム姿を見せるためにも、もうちょっと外でやりたかった……」と無念の表情を浮かべた。
だが、そんな状況にも清原大貴(だいき/阪神)は「条件は皆同じ。それで終わるなら、僕はそういう運命の野球人生だったと受け入れます」とすがすがしく語った。
「それに新しい夢もあるんです。鍼灸(しんきゅう)師になろうと思っています。4年前に肩を故障して1年半リハビリしていたときの経験からです。今までの僕は周囲の人に助けられながら、自分だけのために生きてきました。子供の頃からプロ野球選手になるのが夢だったんですよ。それを叶えてもらったので、今度は周りの人が追いかける夢を手伝いたい」
糸数敬作(いとかずけいさく/日本ハム)も、新しい夢を持ちつつ、今日を迎えたひとりだ。
「今日は区切りです。プロでやることはやったので未練はありません。これから沖縄に帰って、再来年にダイビングショップをオープンしたいと思っているんです。実は球団に内緒で3年前にダイビングの資格も取っちゃいました(笑)。
よくクビになってから『野球しかない』っていいますが、僕は『なんで?』と思うんです。精いっぱいやったなら満足できるし、ほかにやりたいことも絶対にあるはずですから」
その一方で、こうした選手たちとは対照的なベテランの姿もあった。ひとりは昨年、阪神を戦力外となり、今季はBCリーグ群馬に所属していた小林宏之。
「阪神時代はフォームがわからなくなり勝負もできなくなっていました。戦力外になったときはもうダメかと思いましたが、群馬に行ってから少しずつ感覚が戻ってきました。1年間若い人たちと練習をして、一軍を目指していた頃の気持ちを思い出したというか、野球を楽しめている自分がいました。
僕って『独立にまで行って野球を続けるタイプには見えない』ってよく言われるんですが、そんなことないですよ。今回、連絡がなくとも野球は続けます。好きなんですよ、野球が。楽しいですから。野球も、投げることも」
同じく今季、BCリーグの石川に所属した45歳の木田優夫(まさお)は昨年に続き2年連続の参加。「今日だけを目指して1年間やってきた」と気合いの投球を見せた。
「今年一年、石川でしっかり投げてNPBに戻ることを考えて投げてきました。年を取っても、変化球の精度やピッチングのバランスなど成長を感じた部分もある。来年どこで投げるかはわからないけど、もしNPBの球団に入れなくても現役は続けます」
■楽天創設時のメンバーが「日本シリーズは見ていません」
この2年間、二軍でも出場機会に恵まれなかった横浜の細山田武史はこの日、最もプレーする喜びを感じていた選手のように見えた。
「ここ最近は試合に出る機会もなかったので今日は本当に充実した一日でした。打って守って思い切り真剣勝負を楽しめました。この2年間は、僕の人生の中でも一番キツイ時間でしたが、人間的に強くなることができたと思います。これからも誠実に野球と向き合っていきます」
同じ横浜の内藤雄太は球団から戦力外を言い渡されたものの、中畑監督がその方針を知らされておらず球団に事情説明を求めたことで注目された。
「戦力外にはなりましたが、中畑監督に(来季の構想に入っていると)言ってもらえてありがたかったです。フォームを改造してから明らかに打球も変わったし、続けていけば……という手応えはあります」
内藤は戦力外通告を受けた後、小学生時代からファンであり、かつての先輩・佐伯(さえき)貴弘(現中日二軍監督)に電話で報告したという。
「『まだやりたいのか?』と聞かれたので『続けたいです』と答えました。僕は佐伯さんのあきらめない姿を間近で見てきました。あそこまで練習した人を見たことがなかったですし、生き方に刺激も受けました。僕も続けられる限りは続けたい」
ある者はNPBへの復帰を信じ、またある者は自分の野球に見切りをつけるために挑むトライアウト。近年は意外にも晴れやかな表情でグラウンドを後にする選手が多いなか、今回、終始ピリピリとした雰囲気で異彩を放っていた男がいた。楽天のベテラン、高須洋介だ。
楽天創設時のメンバーで黎明期を支えた功労者ともいえる高須は、日本シリーズの真っ最中の10月29日に戦力外通告を受けた。チームは初優勝、日本一を成し遂げたが、その胸中は複雑だったに違いない。
「今日は自分の気持ちを整理しに来ました。周りの人にはチームが日本一になって複雑だろうと言われますが、いや、別にそんなことないですよ。だってそういう世界ですからね。早いか遅いかだけで誰もが経験すること。それをわかってこの世界に入ってきてるんで。気持ちはフラットです。見返したいという気持ちもありません」
言葉は穏やかだが、安堵とも必死さとも違う厳しい表情で「日本シリーズは見ていません」と語ったあたりは高須のプロとしてのプライドを物語っていた。
トライアウトはNPBに復帰する最後の挑戦の場であるが、参加する選手たちの胸に秘める思いは十人十色。ひとりでも多くの思いが成就されることを願わずにはいられない。
(取材・文/村瀬秀信 撮影/村上庄吾) 【関連記事】
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■「チームはCSに初出場。だけど自分は何もできず、悔いしかないです」
11月10日。プロ野球合同トライアウトが、12球団の本拠地以外では初の地方開催となる静岡県・草薙(くさなぎ)球場で行なわれた。
ここ数年、注目度が高くなっているトライアウトだが、今回の草薙開催はその人気に着目した静岡市が招致して実現。これまでの平日開催から日曜日開催とすっかりイベント化され、スタンドにはトライアウト史上最多となる約1万人のファンが集まった。今回、初めて観客用に配られた冊子には「捲土重来(けんどじゅうらい) 夢をあきらめない男たちが草薙に集結!」の文字が躍る。
これには「すっかりエンターテインメントですよね。まぁ、それでも最後までプレーを見せるのが僕らの仕事ですからね」と自嘲気味につぶやく選手もいた。
ただ、その注目度とは対照的に近年、NPBに復帰する選手はごくわずかなのが実情だ。
「戦力外になってから、いろんな人から『(どうせ拾われる選手は決まっているんだから)受けても意味がない』と言われました。特に僕みたいに、トライアウトばえする速い球があるわけでなく、コースの出し入れや駆け引きで勝負するピッチャーには厳しいと。それでも、受けるんですよ。5球団目、狙います!」
これまで4球団を渡り歩いてきた西武の坂元弥太郎(やたろう)はそう言って、グラウンドへと向かった。男たちはその一球に命をかける。たとえ結果に結びつかないとわかっていても。
午前10時15分。雨が降り出すと同時に始まったシート打撃。3人目に登場したのは2000年のドラフト1位(オリックス)で、一昨年は横浜で開幕投手を務めた山本省吾(ソフトバンク)。左肘(ひじ)の手術後、半年ぶりの実戦ながら上々の結果を残した。
「久しぶりでもしっかり腕を振って投げられることを見せたかった。故障前よりもいい投球ができましたね。これが最後と思いたくないけど、実際にそうなるかもしれない。たくさんのファンの前で投げられてよかったです」
続く岸本秀樹(広島)も、持ち味を生かした完璧な投球を見せる。
「今年、チームがCS(クライマツクスシリーズ)に初出場しても自分は何もできず、悔いしかないです。これまで覚悟を決めてやることを全部やったかというと……ね。どこかで周りを見ながら『俺はまだ大丈夫だろう』という甘い考えがあった。今、気づいても遅いんですけどね。今日は最初から最後まで全力です」
11時を過ぎると雨脚はますます強くなり、主催者は昼前に続行を断念。選手たちは狭いマイクロバスに乗って屋内運動場へ移動し、バッティングセンターほどのスペース、土を盛っただけのマウンドという悪条件下で再開された。
「マウンドは正直やわらかくて投げづらかったです。しかも室内であれだけの関係者や報道陣に囲まれると、より狭く感じてしまって」と甲斐拓哉(かいたくや/BCリーグ信濃、元オリックス)が言えば、野手の青野毅(たけし/ロッテ)は「ボールが見やすいグラウンドから室内に移ると、感覚・距離感が違って、ボールが速く見えました」と戸惑う。
浅井良(阪神)も「室内だと守備も見せられなくなるのが残念でした。それに声援をいただいた多くのお客さんに最後のタイガースのユニフォーム姿を見せるためにも、もうちょっと外でやりたかった……」と無念の表情を浮かべた。
だが、そんな状況にも清原大貴(だいき/阪神)は「条件は皆同じ。それで終わるなら、僕はそういう運命の野球人生だったと受け入れます」とすがすがしく語った。
「それに新しい夢もあるんです。鍼灸(しんきゅう)師になろうと思っています。4年前に肩を故障して1年半リハビリしていたときの経験からです。今までの僕は周囲の人に助けられながら、自分だけのために生きてきました。子供の頃からプロ野球選手になるのが夢だったんですよ。それを叶えてもらったので、今度は周りの人が追いかける夢を手伝いたい」
糸数敬作(いとかずけいさく/日本ハム)も、新しい夢を持ちつつ、今日を迎えたひとりだ。
「今日は区切りです。プロでやることはやったので未練はありません。これから沖縄に帰って、再来年にダイビングショップをオープンしたいと思っているんです。実は球団に内緒で3年前にダイビングの資格も取っちゃいました(笑)。
よくクビになってから『野球しかない』っていいますが、僕は『なんで?』と思うんです。精いっぱいやったなら満足できるし、ほかにやりたいことも絶対にあるはずですから」
その一方で、こうした選手たちとは対照的なベテランの姿もあった。ひとりは昨年、阪神を戦力外となり、今季はBCリーグ群馬に所属していた小林宏之。
「阪神時代はフォームがわからなくなり勝負もできなくなっていました。戦力外になったときはもうダメかと思いましたが、群馬に行ってから少しずつ感覚が戻ってきました。1年間若い人たちと練習をして、一軍を目指していた頃の気持ちを思い出したというか、野球を楽しめている自分がいました。
僕って『独立にまで行って野球を続けるタイプには見えない』ってよく言われるんですが、そんなことないですよ。今回、連絡がなくとも野球は続けます。好きなんですよ、野球が。楽しいですから。野球も、投げることも」
同じく今季、BCリーグの石川に所属した45歳の木田優夫(まさお)は昨年に続き2年連続の参加。「今日だけを目指して1年間やってきた」と気合いの投球を見せた。
「今年一年、石川でしっかり投げてNPBに戻ることを考えて投げてきました。年を取っても、変化球の精度やピッチングのバランスなど成長を感じた部分もある。来年どこで投げるかはわからないけど、もしNPBの球団に入れなくても現役は続けます」
■楽天創設時のメンバーが「日本シリーズは見ていません」
この2年間、二軍でも出場機会に恵まれなかった横浜の細山田武史はこの日、最もプレーする喜びを感じていた選手のように見えた。
「ここ最近は試合に出る機会もなかったので今日は本当に充実した一日でした。打って守って思い切り真剣勝負を楽しめました。この2年間は、僕の人生の中でも一番キツイ時間でしたが、人間的に強くなることができたと思います。これからも誠実に野球と向き合っていきます」
同じ横浜の内藤雄太は球団から戦力外を言い渡されたものの、中畑監督がその方針を知らされておらず球団に事情説明を求めたことで注目された。
「戦力外にはなりましたが、中畑監督に(来季の構想に入っていると)言ってもらえてありがたかったです。フォームを改造してから明らかに打球も変わったし、続けていけば……という手応えはあります」
内藤は戦力外通告を受けた後、小学生時代からファンであり、かつての先輩・佐伯(さえき)貴弘(現中日二軍監督)に電話で報告したという。
「『まだやりたいのか?』と聞かれたので『続けたいです』と答えました。僕は佐伯さんのあきらめない姿を間近で見てきました。あそこまで練習した人を見たことがなかったですし、生き方に刺激も受けました。僕も続けられる限りは続けたい」
ある者はNPBへの復帰を信じ、またある者は自分の野球に見切りをつけるために挑むトライアウト。近年は意外にも晴れやかな表情でグラウンドを後にする選手が多いなか、今回、終始ピリピリとした雰囲気で異彩を放っていた男がいた。楽天のベテラン、高須洋介だ。
楽天創設時のメンバーで黎明期を支えた功労者ともいえる高須は、日本シリーズの真っ最中の10月29日に戦力外通告を受けた。チームは初優勝、日本一を成し遂げたが、その胸中は複雑だったに違いない。
「今日は自分の気持ちを整理しに来ました。周りの人にはチームが日本一になって複雑だろうと言われますが、いや、別にそんなことないですよ。だってそういう世界ですからね。早いか遅いかだけで誰もが経験すること。それをわかってこの世界に入ってきてるんで。気持ちはフラットです。見返したいという気持ちもありません」
言葉は穏やかだが、安堵とも必死さとも違う厳しい表情で「日本シリーズは見ていません」と語ったあたりは高須のプロとしてのプライドを物語っていた。
トライアウトはNPBに復帰する最後の挑戦の場であるが、参加する選手たちの胸に秘める思いは十人十色。ひとりでも多くの思いが成就されることを願わずにはいられない。
(取材・文/村瀬秀信 撮影/村上庄吾) 【関連記事】
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